2008年06月19日

ゆとり教育の弊害!?

岩手・宮城の大地震やアキバの通り魔事件の続報に、毎日が重苦し杉な今日この頃のテレビ。そんな中、今度は杉並の小学校にて痛ましい事件が発生。と言っても次元はかなり異なる。

なんでも、授業の一環で屋上にクラス全員で出た際、天窓に乗って遊んでいた児童が窓を突き破り転落死したそう。落下の際、児童は天窓の上で飛び跳ねていたといい、他の天窓にも足跡が付いていたようだ。学校側は「危険性を十分予見できなかった」と述べ、教育現場での安全管理のあり方が問われることになりそう。

とは言え、正直このニュースを見た時の感想はそんな馬鹿なが正直な所。万が一窓が破れた時にどのような事になるか、身に迫る危険にすら気付かなかったのか。齢12才、小学6年と言う年齢はこういうものなんでしょうか。子供のココロを忘れた大人には計り知れないのか

もちろん不測の事態に備えての安全対策を怠ったと言われれば、それは正しい。天窓にネットや柵を取り付けれれば今回の事故は防げた。しかし、それですべて解決するのは不可能で、柵をしても、屋上に鍵を掛けても、何かが起きた後で出てくるのは必ず「思いが至らなかった」と言う言葉だ。安全を追求する事に異論はないが、それ以上に子ども自身が危険を察知できなかった事の方が重大だと思う。(学校側の指導という方法も含め)子ども自身が心掛けを持てば、柵やら鍵やらは不要のはず。まあ簡単に言っちゃえば「ゆとり教育の弊害」「身体感覚の欠如」で片付くんだけど。。。

一方で東国原知事の発言がちょっとしたニュースに。一定の「愛のムチ」を認める条例ができないものかとの言葉で、体罰反対を謳う団体からたくさんのラブレターがもらえそうな発言。これはこれで開いた口が顎関節脱臼。ガンコ親父のゲンコツを法で縛るとは、雄山張りに「愚かな」と言いたくもなる。かと言って、体罰の中には手加減知らずのアホなものも多いし、殴る側にも想像力が乏しくなっているのか。こうやってみんな動物化してくのかなぁ。

この記事へのコメント
コメントではありませんが、知事が言ったことは決して間違いではありません。
今日本の若い世代で想像も絶する事が起こるのも体罰(しつけ)ができなくなったからである。
このままいけば日本はつぶれますよ。
Posted by at 2008年06月19日 22:38
空手に関してですが…。

スネを鍛えるために、ビール瓶にタオルを巻いてスネを叩いたり(ムエタイ式スネ鍛錬法。鍛えていない状態のスネは急所だが、鍛えて硬くすることによって急所でなくなり、強力な防具、強力な武器と化す。今では、砂袋を蹴るのがメジャーではあるが)。

 気が抜けている時に、不意打ち的に竹刀を浴びたり(実戦での不意打ちで怪我をしないための、いわば「小さな不意打ち」)。

 そういった事はありました。

これらは「身体の一部を鍛えるために、実戦で大きな怪我をしないために」行われるものです。

身体の一部を鍛えるために(怪我をしないように力加減を考えながら)叩く行為や、実際に大きな不意打ちで怪我をしないために意図的に用意する小さな不意打ち、いじめなどで自らの行った行為を痛みをもって自覚させる…などといった、「本人の成長のために必要な体罰」「道を誤らないための体罰」と、怒りに任せて、もしくは面白半分で「ダメージを与える事しか考えない暴力」との区別をつける…という意識は必要だと思います。

「暴力」という表現を取っているために、「成長するための体罰」「大きな怪我をしないための体罰」と「ダメージを与えるための暴力」とが混同されがちですが、それらを区別する…という事を、教える側、教えられる側も認識しないと、相撲部屋の「かわいがり殺人」のような事を起こしてしまう危険性があると思います。
Posted by 硬いけど柔らかい人 at 2008年06月20日 13:01
>(ななし)さん
分かり難い文でスミマセン。条例化するとして、じゃあ法で定められないと体罰(しつけ)ができないのか?と思っただけで。日本の行く末を案じる考えには賛成です。

>硬いけど柔らかい人さん
仰る通りですね。言葉だけで指導することも大事でしょうが、ゲンコツで教わった事の方が(少なくとも僕は)より鮮明に覚えてたりします。行き過ぎた「暴力」が増えている一因には間違いなく「体罰」で「痛み」を知る機会が減ったからではと思うのです。
Posted by 木星人 at 2008年06月20日 22:35
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